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ホモ・エレクトスはなぜ絶滅したか

 

1. 概要

ホモ・エレクトスがなぜ絶滅したのか。その問いに答えるために、まずホモ・ネアンデルタールレンシスがなぜ絶滅したのか整理し、次にホモ・ネアンデルタールレンシスとホモ・エレクトスの差異を考え、それらの条件がホモ・エレクトスにも同様に当てはまるかを考察した。ホモ・ネアンデルタールレンシスの絶滅理由には諸説あるが、その主な説は①気候変動による絶滅説、②疫病による絶滅説、③暴力的衝突による絶滅説、④自然消滅・衰退による絶滅説、⑤カンパニアン・イグニンブライト噴火による絶滅説、そして⑥ホモ・サピエンスの間接的な影響による絶滅説、の6つである。さらにホモ・ネアンデルタールレンシスとホモ・エレクトスには、脳容積や体格等に差異があることを踏まえると、ホモ・エレクトスの絶滅理由として、気候変動または自然衰退を考えることができた。

 

2. はじめに

今日、現生する人類はホモ・サピエンスのみである。ほかの生物はどの例をとっても多くの、場合によっては数えきれないほどの種類が存在するのにもかかわらず、ヒトに限ってはホモ・サピエンスの1種類しか現生していないというのは非常に興味深い。

かねてから漠然と興味があったテーマが、この度「生命の起源と進化」の授業内で取り上げられた。そこで初めて知ったのは、ホモ・サピエンスと一時期共存したホモ・ネアンデルタールレンシスのほかに、つい最近まで「ホモ・エレクトス」がアジアで生活をしていたということだ。彼らはなぜ絶滅したのか。ホモ・エレクトスがなぜ絶滅したかについて、詳細に解説している文献や記事は多くなかった。

そこで今回は、ホモ・ネアンデルタールレンシスの絶滅に関する諸説と、ホモ・ネアンデルタールレンシスとホモ・エレクトスの差異についてまとめ、その絶滅に関する学説をもとにホモ・エレクトスの絶滅理由について考察した。

 

3. ホモ・ネアンデルタールレンシスの絶滅に関する諸説

 

 ホモ・エレクトスの絶滅を考えるにあたり、豊富な学説とデータのあるホモ・ネアンデルタールレンシスの絶滅について、諸説をまとめ分析する。なお、ここでは「ホモ・サピエンス」を「現生人類」、「ホモ・ネアンデルタールレンシス」を「ネアンデルタール人」と表記する。

 

  • 気候変動による絶滅説

ネアンデルタール人が絶滅したとされる時代にはソースによって1万年以上のばらつきがある。ここでは授業資料#13において2万数千年前に絶滅したとされているため、その数字に従うものとする。

2万年前の地球では大規模な気候変動があったことがわかっている。鹿島薫氏は、氷期にはダンスガード・オシュガーサイクルと呼ばれる急激な気候変動が頻発しており、最も寒冷な時代である2万年前から4万年前にかけて、2万年間に10回気候が変動していたとした。さらにその平均的な周期が約2,000年であるところ、最も急激な場合、200-300年で気候が急変していたことを指摘している[1]ネアンデルタール人が絶滅した原因として、このような急激な気候変動に対応できなかったことが学説として挙げられている。

 

  • 疫病による絶滅説

ケンブリッジ大学の研究者たちは、ネアンデルタール人が絶滅した理由として、アフリカ大陸から移住してきた現生人類がもたらした熱帯性疾患が原因だった可能性があると自然人類学の学会誌で報告した[2]。アフリカ大陸から移住してきた人類は多くの熱帯性疾患を抱えていたとされ、この仮説が正しければ、現生人類が持ち込んだ疾患や病原菌がネアンデルタール人の絶滅を早めたことになる。

また、現生人類が持ち込んだ病原菌以外にも、ネアンデルタール人やその他の現生人類以外のホモ属にのみ強毒である疫病や感染症が流行し、絶滅したという可能性も考えられる。

 

  • 暴力的衝突による絶滅説

ネアンデルタール人は火や道具を扱えたことが知られている。さらにドイツ・シェーニンゲンでは、ネアンデルタール人のものと考えられる槍が出土している(図1)。THE CONVERSATIONは、「ネアンデルタール人は、鹿、アイベックス、エルク、バイソン、さらにはサイやマンモスを槍で仕留めるなど、大物狩りに長けていた。彼らが家族や土地を脅かされたときに、これらの武器を使うことを躊躇したと考えるのは信じがたい。考古学的には、このような争いは日常的に行われていたようだ。(筆者訳)」と述べ[3]ネアンデルタール人と現生人類のDNAが99.7%同じことから、彼らが我々現生人類と同じく闘争的であり、同族同士や異族(現生人類)と闘争を行って絶滅した可能性に言及した。このように高い知能と攻撃力を得た生物が互いに闘争し死亡することは、現生人類の行動をとってみても容易に考えられることである。

 

図 1 ホモ・ネアンデルタールレンシスの槍[4]

ホモ・ネアンデルタールレンシスの槍

 

  • 自然消滅・衰退による絶滅説

オランダのアイントホーフェン工科大学・ライデン大学のチームが行った研究は、ネアンデルタール人が現生人類の影響を受けずに、自然に消滅した可能性が高いとした。研究チームが行った人口シミュレーションの結果、小規模であるネアンデルタール人の集団は特別な外部要因がなくとも、最大1万年ほどの年月があれば高い確率で絶滅してしまうことが判明した[5]。元々の個体数が少なければ、近親交配とボトルネック効果による多様性の欠落や、一般に知られているホモ・サピエンスや異属間との交配による弱体化などが考えられ、大きな外部要因なしに運命的に自然消滅してしまうことは想像に難くない。

また、ネアンデルタール人同士が共食いしていたという形跡も発見されている。リヨン大学の研究グループによると、ネアンデルタール人は極端な肉食であり、高タンパク依存の体質だったという[6]。共食いをする習慣があった可能性も否定できないものの、彼らは多くのタンパク質を摂取する必要があり、飢餓状態に陥っていたのではないか。慢性的に飢餓状態が続いていたのならば、彼らが繫栄するのは難しいだろうと考えられる。

 

  • カンパニアン・イグニンブライト噴火による絶滅説

カンパニアン・イグニンブライト噴火はヨーロッパで発生した大規模な噴火である。この噴火による火山灰によって植物が減少し、従って草食動物、肉食動物が減少したことで、主にヨーロッパに居住していたネアンデルタール人に影響が及ぼされたとされている[7]

 

 学説④と⑤の条件を前提として、現生人類が間接的にネアンデルタール人の絶滅に関与していたという仮説を立てた。④ではネアンデルタール人が小規模であったことが絶滅の原因であるとしていて、⑤では生態ピラミッドが崩れたことが絶滅の原因であるとしている。これらを踏まえ、現生人類のある行動が元々の生態ピラミッドを崩し、間接的にネアンデルタール人の絶滅に関係した可能性が考えられる。

 小規模な集団においては特定の条件が種の存続に大きく関わることもあり、現生人類が作り出したある特定の条件がネアンデルタール人にミスマッチであった結果として、彼らは絶滅の道を歩まざるを得ない状況に立たされたのではないか。

 

 これらの中のただ1つの理由によってネアンデルタール人が絶滅したということは考えづらく、複数の原因によって彼らは徐々に数を減らしていったのではないかと考えられる。

 

4. ホモ・ネアンデルタールレンシスとホモ・エレクトスの差異

ホモ・ネアンデルタールレンシスとホモ・エレクトスの目立った差異について、以下のようにまとめた。

 

 

ホモ・ネアンデルタールレンシス

ホモ・エレクトス

いつから

約50~20万年前

約180万年前

いつまで

約4万年前~2万数千年前

約11万年前

分布範囲

主にヨーロッパ

主にアジア

脳容積

1500cm3

 

1000cm3

体形

がっつりとした体形

極端な肉食、高タンパク依存の体質

「歯は小さく、身長は140~160cmと現生人類よりかなり小柄で体重は50~60kgで頑丈型、華奢型の体形をした原人とされています。[8]

 

ホモ・ネアンデルタールレンシスとホモ・エレクトスともに、身体能力的な面では現生人類(ホモ・サピエンス)とそれほど差異がなく、ゆえに両者ともに目立った違いは見受けられない。一方で、脳容積や体形には差異がある。ホモ・ネアンデルタールレンシスの脳容積は1500 cm3と、現代人に匹敵するか、あるいはそれ以上の脳容積を持っていたのに対し、ホモ・エレクトスの脳容積は1000 cm3と小さかった。

また体形面では、ホモ・ネアンデルタールレンシスはがっつりとした体形であった一方、ホモ・エレクトスは華奢で比較的小柄であり、彼らのエネルギー効率や食生活等をうかがい知ることができそうである。これに加え、ホモ・エレクトスには獲物を長距離追跡する狩りをしていた[9]という原人らしい特徴や、男女の対格差が大きかった[10]という特徴があり、男女で役割分担をしていた可能性などが考えられる。

 

5. ホモ・エレクトスはなぜ絶滅したか

本章ではホモ・ネアンデルタールレンシスの絶滅理由に関する仮説とホモ・ネアンデルタールレンシスとホモ・エレクトスの違いから、ホモ・エレクトスが絶滅した理由について考察する。

①気候変動によるホモ・エレクトスの絶滅について、BUSINESS INSIDERの記事は、「約12万年前から11万年前の間に、世界は氷河期から間氷期に移行し、気温が上昇した。ジャワは今ではほとんどが熱帯雨林だが、かつては森林地帯だった。ホモ・エレクトスが絶滅したそのころから、気温の上昇によって島の環境は湿潤化し、湿度が高くなり、熱帯雨林が成長し始めたと見られる。」としている[11]ホモ・エレクトスに限らず、生物が絶滅するときに気候変動は大きな要素の1つになっているのかもしれない。

②病気や疫病については、彼らの主な居住地域であったアジアに移住した異属が確認できないことから、新たな病原菌が外の土地から持ち込まれた可能性は低く、疫病による絶滅の可能性は低いものと考えられる。

ホモ・エレクトスは、道具や火を扱っていたことが知られており、これらを用いて闘争を行うことは十分に考えられる。火や道具を使用することで、今まで食べることのできなかった食物を食べられるようになり、特に食物をめぐって争いが発生することは容易に想像がつく。しかし、ホモ・ネアンデルタールレンシスの場合と異なり、彼らは異族間で遭遇する機会がほとんどなかったものと推測され、同族同士で自らを滅亡に導くほどの大規模な闘争を行うことは考え難い。また、ホモ・エレクトスは小柄かつ脳容量も少ないため、必要とするカロリーも少なく、食料には特に困っていなかった可能性もある。いずれにしても、闘争による絶滅の可能性は低い。

日経サイエンスの記事によると、ホモ・エレクトスなどの初期人類の総個体数は、多くても5万5000人であったという[12]。短期的には近親交配によるボトルネック効果が発現する可能性は低い。しかし、ホモ・エレクトスはアジアにおいて比較的長期間生活(図2)しているため、長期的にみてボトルネック効果などの生存に不利な状況が発生する可能性はあるものと考えられる。

 

図2 ホモ属の分布と年表[13]

 

⑤11万年前にアジアにおいて大規模な地学的イベントはなく、それによる絶滅は考えづらい。

ホモ・エレクトスホモ・サピエンスが共存したかどうかについては明らかでないが、同じ年代に生きているホモ・ネアンデルタールレンシスの間接あるいは直接的な影響は考えられる。直接的には知能的、体格的にもホモ・ネアンデルタールレンシスが優れており、単純に対峙した場合にはホモ・エレクトスに勝ち目はないものと思われるが、これが絶滅の決定的原因になることはないだろう。間接的影響については、ホモ・ネアンデルタールレンシスがホモ・エレクトスに対して間接的な影響を及ぼすほど大きな変化を伴う行動を起こす必要があるが、小規模であるホモ・ネアンデルタールレンシスの行動がホモ・エレクトスの行動に間接的影響を及ぼすほどの行動を行うことは考えづらい。従って、異属からの影響はホモ・エレクトスの絶滅に関係ないものと推察される。

 

結論として、ホモ・エレクトスは気候変動または自然衰退によって絶滅したといえる。単一の原因が絶滅の理由であることは考えづらいため、実際にはこれらに加え、当時偶然発生した何らかのイベントによる悪影響なども、絶滅に関係しているものと考えられる。

 

6. 結びにかえて

 ホモ・ネアンデルタールレンシスの絶滅に関する諸説から、ホモ・エレクトスの絶滅の原因を考察した。特に自然衰退は最もありうる可能性であり、同時に最も残酷な可能性でもある。同じことが現生人類、ホモ・サピエンスにもいえると考えると、我々の命、また、我々の社会や文化も無限に続くものではないということを実感させられる。「生命」には始まりがあって終わりがあるということは、ホモ・サピエンスも例外ではない。次は我々ホモ・サピエンスがどんな理由で滅亡することになるのか、非常に興味深い。少なくとも同族同士の醜い争いで破滅することにならないよう、一人の人間として自らを戒めていきたいと思う。

 

7. 参考文献等

【書籍】

『Newton 2019年1月号』、ニュートンプレス、2019

クライブ・フィンレイソン(上原直子訳)『そして最後にヒトが残った』、白揚社、2014

テルモ・ピエバニ、バレリー・ゼトゥン(エラリー・ジャンクリストフ、篠原範子、竹花秀春訳)『人類史マップ』、日経ナショナル ジオグラフィック社、2021

「生命の起源と進化」第13回講義資料

 

【Web】

過去2万年間の気候変動の復元 鹿島 薫

http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKankoub/Publish_db/2007moundsAndGoodesses/05/005_01_01.html

 

ネアンデルタール人絶滅は人類の病気のせい? CNN 2016.04.16

https://www.cnn.co.jp/fringe/35081301.html 

 

War in the time of Neanderthals THE CONVERSATION 2020.11.03

https://theconversation.com/war-in-the-time-of-neanderthals-how-our-species-battled-for-supremacy-for-over-100-000-years-148205 

 

Inbreeding, Allee effects and stochasticity might be sufficient to account for Neanderthal extinction PLOS ONE 2019.11.27

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0225117

 

ネアンデルタール人の「共食い」が我々に伝えること YAHOO!JAPAN ニュース 2019.03.30

https://news.yahoo.co.jp/byline/ishidamasahiko/20190330-00120185

 

ネアンデルタール人は火山噴火で絶滅? National Geographic 2010.09.24

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/3165/

 

人類の進化と不正咬合の出現について 半蔵門スマイルライン矯正歯科 2018.12.25

https://www.hsl-kyousei.com/blog/detail.html?id=220

 

NHKスペシャル「こうしてヒトが生まれた」 NHK

https://www.nhk.or.jp/special/jinrui/archive.html

 

女性はきゃしゃ、百数十万年前から? 原人頭骨に体格差 朝日新聞DIGITAL 2020.05.01

https://www.asahi.com/articles/ASN4V3D4YN47ULBJ02M.html

 

古代人類ホモ・エレクトスは約11万年前までいた…他の人類と交配の可能性も BUSINESS INSIDER 2020.01.25

https://www.businessinsider.jp/post-204487

 

絶滅寸前だった初期人類〜日経サイエンス2010年6月号より 日経サイエンス

https://www.nikkei-science.com/?p=16258

 

最終閲覧日はすべて2021.7.29

 

[1] http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKankoub/Publish_db/2007moundsAndGoodesses/05/005_01_01.html 

[2] https://www.cnn.co.jp/fringe/35081301.html 

[3] https://theconversation.com/war-in-the-time-of-neanderthals-how-our-species-battled-for-supremacy-for-over-100-000-years-148205 

[4] https://theconversation.com/war-in-the-time-of-neanderthals-how-our-species-battled-for-supremacy-for-over-100-000-years-148205

[5] https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0225117

[6] https://news.yahoo.co.jp/byline/ishidamasahiko/20190330-00120185

[7] https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/3165/

[8] https://www.hsl-kyousei.com/blog/detail.html?id=220

[9] https://www.nhk.or.jp/special/jinrui/archive.html

[10] https://www.asahi.com/articles/ASN4V3D4YN47ULBJ02M.html

[11] https://www.businessinsider.jp/post-204487

[12] https://www.nikkei-science.com/?p=16258

[13] 「生命の起源と進化」第13回講義資料

 

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