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声優の演技力とは何か?佐倉綾音さんを例に考える

もちょだよ~(o・∇・o)

さて(真顔)、佐倉綾音さんといえば、まさに今をときめく超人気声優です。

早速ですが、あなたは佐倉綾音さんの演技を、上手いと思いますか。

ニコニコ大百科には、このように書いてあります。

演技の幅が広く主に綾波レイを思わせる口数の少ないミステリアスな雰囲気の少女を得意とし(意外だが銀髪ロリを演じる機会が多め)小悪魔的なあざとい演技にも定評がある。幼女、テンションの高い美少女、落ち着いた雰囲気の成人女性、少年(男の娘を含む)、動物、人外などを演じ分けられる器用さも持ちその演技力の高さから先輩声優にも一目置かれている(下記参照)。

佐倉綾音とは (サクラアヤネとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

Webニュースでは「実力派声優」として紹介されることもある彼女。

演技の幅が広いことは間違いありません。演技に関してどんなことを求められても、絶対に形にして返してくれるような安心感がありますよね。

でも、それ即ち演技が上手い、ということに本当になるのでしょうか?

今回は佐倉綾音さんを例に、声優の演技力について考えていきたいと思います。

 

演技してる感

声優というのはあくまでもキャラに命を吹き込む裏方であって、実は存在しないのです。本来キャラに中の人なんていないのですから。

従って、声優が声を当てている作品にとって一番理想的な状態は、視聴者が「○○(声優名)が演じているんだ」ということを考える隙もなく、ただ作品の中に入り浸り、キャラをキャラそのものとして見ている状態です。

さて、佐倉綾音さんが出演している作品を見て、私が毎回感じることが一つあります。

それが「演技してる感」です。

 

保登心愛、越谷夏海、一色いろは、美竹蘭、友利奈緒、佐藤ひな、中野四葉、ガビ・ブラウン、速杉ハヤト、全部そうなんですよ。

キャラの前に、佐倉綾音がいる。

佐倉さんが、キャラごとに声を変えて、感情をめちゃくちゃ乗っけて、裏で喋ってる感を感じてしまう。

 

佐倉さんは感情を込めて演技することが抜群に上手いです。そこら辺の声優さんと一頭地を抜いて上手いです。

だからこそ、ものすごく「演技してる」っぽく聴こえてしまうんだと思います。

 

ちょっと前に、テレビ東京の『ゴッドタン』年末特番『マジ歌選手権 年末拡大SP』で、佐倉さんがサプライズ出演したことがありました。

東京03角田さんのバンドの前で、妻のポンチョ役としてミュージカル風の小芝居をするというものだったのですが、まぁなんつーか。見ればわかるんだけど。劇団四季の演技というか。

youtu.be

これは多分無断転載なんだけど。

で、佐倉さんの演技を見て、MC席にいたおぎやはぎの小木さんが一言「うまっ!」と口にしました。

そう、うまいんですよ。めちゃくちゃ。

でも、なにか感じるこの違和感。これはなんだろう。

 

「魅力」

話は少し逸れますが、2018年のM-1グランプリ決勝で、立川志らく師匠が、かまいたちのネタ後にこうコメントしました。

いやー、あのー、ものすごくうまいし、えーそれから、おもしろいし、ただあの、上手さを感じすぎてしまったんで。本当に面白い凄い漫才師、ここら辺にいらっしゃいますけども、上手いとか感じないですよね。もうとにかく、うわーおもしれえ、すげぇ!っていうのだけで。上手さの前には、魅力ってのが現れたらば、太刀打ちできないんですよ。だからすごい上手いと思ってしまった。発想からいったら、さっきの猟奇的なやつのほうが、発想としては凄いと思ってしまった。同じ点にしてしまったのですけれどもね。

当時リアタイしていた私は、何を言っているかちっとも理解できませんでした。かまいたちのこのネタはすごくよく練られていて、めちゃくちゃ面白かったのに、志らく師匠は88点だったので(えーキビシ!)と思ったのを思い出します。

ところが最近佐倉さんを見て、ようやく志らく師匠の言っていたことが分かったような気がします。

漫才と同じことが声優の演技にも言えるのです。本当に上手い声優さんって、「演技上手いなー」とは感じないんですよ。ひたすらキャラが喋っているだけで、中の人の存在が全く出てこないのです。

これを私が考え直すに至ったきっかけが『進撃の巨人 final season』の佐倉さんのガビの演技でした。

個人的に進撃の巨人は結構世界観に入り込んで見てしまう作品なのですが、ガビの声を聞くとふと現実に戻ってきてしまうのです。

「あ、あやねるだ」と。

でも佐倉さんはガビをとても力強く演じているので、こんな感情を入れてガビを演じたんだろうな〜というのは素人の私でも検討がつけやすいです。その点では演技力が高いと言えるのかもしれません。

しかし、しかしですね。私は演技力とは別のベクトルの何かが、演技の自然さを支配していると思えてならないのです。

それが、志らく師匠の言う「魅力」なんだと思います。佐倉さんは、「上手い」が先行してしまって、「魅力」を出すのに難儀しているのではないかと。

佐倉さんの演技は、「上手い」と評価するオタクと、「下手」と評価するオタクに二分されると感じているのですが、その理由はおそらく、ここの捉え方の違いにあるのではないかと思っています。

 

演技力とは何なのか

演技力が高いとか低いとか言いますが、そもそも演技力とは何なのでしょうか。「演技」の「力」であることは間違いないのですが、明確には定義されていないので本当のところはわかりません。

ただ、「演技力」だけで演技の善し悪しが完全に決まるということはないんじゃないのかなと。演技力がすごくても、あまりに演技っぽい演技は不自然なので。

あらゆる舞台劇や朗読のように、その不自然さをあえて売っている場所もあります。劇団四季の『ライオン・キング』を見たときに、「シンバの演技はだめだ。普通はあんな喋り方しない」なんて抜かす人間は、お門違いというものです。

しかし声優が声を当てる現場というのは、演技が求められるのは当然ですが、たいてい自然さも同時に要求されます。棒読みでも不自然だし、日常会話を本当に日常会話のように喋るのもそれはそれで不自然だし、舞台で求められる演技をしても不自然です。ちょうどいい暗黙のラインが多分あるのです。

一般には、それらをひとまとまりにして演技力と呼んでいるのでしょうが、突き詰めて考えると語弊があると感じます。演技力が高いと演技が上手いは別な気がするのです。感情をどれだけ入れて文章を読めるかが「演技力」で、それがどれだけ自然に見えるかというのが「魅力」なのではないでしょうか。

わたくしごとで感じたこと

わたくしごとになりますが、私は高校のときに、文化祭のクラス企画でショートムービー的な動画を作ったことがありました。宇宙旅行がテーマだったので、宇宙船船長と管制官役として声優が男女二人必要でした。

クラスは企画に全然積極的ではなかったので、私で勝手に声優を決めました。決めましたと言っても、やってくれそうな子に声をかけただけです。一人は演劇部の女の子、もう一人はラグビー部の男の子です。

私が考えた船長と管制との掛け合いの台本を渡したら、抜き録りでセリフを録音していきます。 

※「抜き録り」とは、一人ずつ別々にセリフを収録すること

普通に考えたら、演劇部の彼女の方がいい演技をするはずです。しかし、私がいい演技だなと感じたのは、演技素人であるはずの、ラグビー部の彼の演技でした(演劇部の彼女さん、ごめん!)

私が言うのもおこがましいですが、彼は普段から愛されいじられキャラでした。そんな彼は、マイクの前でほぼいつも通りのトーンで喋っていただけで、別段頑張って演技していたような感じではありません。それだのに、録った音声をいざ映像に重ねて聴いてみると、とても自然に聞こえたのが鮮明に印象に残っています。

当時は、(彼の演技はなんか不思議だな)程度にしか思考が至りませんでしたが、多分、それが彼の「魅力」だったのだと思います。

「上手さの前に魅力が現れたら、太刀打ちできない」という志らく師匠の言葉に、あーこういうことだったのかと後から納得しました。それから、演技力とは違う謎のサムシングを、「魅力」と表現した志らく師匠すげーなぁと、勝手に感服しました。

 

佐倉綾音さんの演技は上手いのか?

結局、佐倉さんの演技は上手いと言えるのでしょうか。

私見を僭越ながら申し上げますと、演技力は高いけど、上手くはないんじゃないかなと思っています。

演技力が高い=演技が上手い ではないというのは、前述したとおりです。「演技が上手い」には、演技力のほかに、さまざまな要素が絡みます。その中には、演者の「魅力」も大きく関係しているんだと思います。

演技力が低くても、演技が上手い人もあり得るし、演技力が高いけど、演技が上手くない人というのもあり得るのです。私の中では、前者がラグビー部の彼、後者が佐倉さんのような人だと勝手にとらえています。

これのどちらが良くて、どちらが悪いかは私にはわかりません。演技力が高くて、演技が上手いのが一番理想的なのは確かですが。

佐倉さんが出演しているラジオやイベントを見ると、彼女には魅力がいっぱいあることもよく伝わってきます。持っている魅力がうまいこと演技に入ってくると、もっといいお芝居になるのではないかなと思います。

終わりだよ~