ひとばん寝かせたカレーはとてもおいしい

Twitterに載っけられない長文置き場

田中秀和さんに関する駄文

今月を振り返ろうとしたが、もう本当に秀和先生のことしか出てこなかった。
それくらいインパクトの強い出来事だった。

www3.nhk.or.jp

被害者のこととか、彼が生み出した作品は悪いのかとか、本来考えるべきことはいっぱいあると思う。
でも、私はただのそこらへんのオタクでしかない(そもそもオタクを自称できるほどの域に達してすらいない)し、自分のことしか考えられない。ここではそんなこと(そんなことと切り捨てるのはよくないのはわかっているけれど)は考えないで、今のうちにしか言語化できない私の思いの丈を書き留めておこうと思う。私はどちらかというと田中秀和さんを擁護する立場にあるかもしれないが、少なくとも被害者に対する非難の感情は一切ないことを、ここにあらかじめことわっておきたい。


このニュースを最初に見たのはTwitterだった。
朝なんとなくTwitterを開いたら「田中秀和」がトレンド入りしていた。
何気なく開いたら、た、逮捕?
頭の中が混乱した。田中秀和ってあの田中秀和じゃないよな?
まさか。
あのクールで謙虚な秀和先生がそんなことするわけないよな。

後でニュース記事の動画を確認してみたら、見覚えのある人が写っていた。
そこにいた田中秀和は、どうやら私の知ってる田中秀和らしかった。
えっ!?と、口から漏れてしまった。
もうその日の1限の授業はまったく集中できず、ひたすらTwitterとニュースを漁っていた。

3時間後、昼過ぎくらい、私は安心していた。
あの鬼才秀和先生でさえ、こんな爆弾を持っていたのかと。
いやむしろ、天才であるからこそ、その才能は爆弾とひきかえだったのかと。
じゃあ俺の爆弾なんか爆弾ですらないなと。
やっぱり変態でないと、あんな変態曲は作れないよな、などと。

性欲は、数十年築き上げた富と名誉すら軽く凌駕してしまうのだなと恐ろしくなる反面、
秀和先生に対して、親近感すら沸いた。
安心と一言でいうには違うような気もするが、とにかく落ち着いた気持ちになっていた。

そして時間が経つにつれて、どんどんと残念な気持ちが高まっていった。
女性声優が猫なで声で歌唱する彼の楽曲が大好きだったのに、もう彼が女性声優に楽曲を提供することはないかもしれない。
もしかしたら最悪、今後「作曲:田中秀和」の曲が聴けなくなるのかもしれない。
少なくとも、歌唱の主役である女性声優が、今後ピュアな気持ちで彼の曲を歌うことはないと考えると、胸が苦しくなった。
今日この日で田中秀和作曲音楽史が大きく二分されたことは間違いなく、私は田中秀和楽曲の亡霊となってしまったのだ。

youtu.be

そんなことを考えながら、麻倉ももさんの「シロクジチュウム」を聴いていたら、情緒がおかしくなってしまいそうだった。
改めて聴きなおしてみると、彼は本当にいい曲を作る。本当だ。疑いようがない。
彼が天才であったことを再認識した。(あ、ヒデカズだ)となる、細かい音の運び。ベースの流れ。この一音一音を彼がデザインして打ち込んだと思うと、インフルのときに見る夢のような感覚になる。
一音一音が体に染み渡ってくるような、味わったことのない感覚を感じながら、彼の才能の行く先をひとり嘆いた。
彼が今後アニソンを作らないことは、アニソン業界、いや世界にとっての損失だと思う。
その損失が、いままさに生まれてしまったことが、とても残念だった。

彼が誠実で、謙虚な人であることは知っていた。そんな彼が過ちを犯してしまったこと、それが明るみに出てしまったことは残念だ。
しかし、利己的な個体である私にとって、そんなことは些細な「残念」に過ぎない。私が一番残念に感じるのは、今後女性声優が歌唱する彼の楽曲が聴けなくなることだ。
これはもう、ほんとうに残念だ。業界の損失、世界の損失、そして私にとっての損失だ。
彼の曲が万が一サブスクから消えたりなどすれば、もうそれは私が大変なことになるので、近いうちに秋葉原に行って目ぼしい秀和楽曲のCDはできるだけ入手しておきたい。

私の好きになった音楽は、途中でいなくなりがちな気がする。
Wake Up, Girls! に続き、田中秀和楽曲も追加されなくなってしまうなんて、予想だにしていなかった。
もうほんとうに、女性声優の結婚より衝撃だった。もし年末に任意の女性声優が結婚しても、今年いっぱいはこの衝撃を上回ることはないだろうと思う。

そして性欲というのは怖いものだ。男として生まれた以上、性欲をコントロールして生きることは必須のようらしい。
つい一昨日くらい、電車の中でめちゃくちゃタイプっぽい(自分のタイプを把握していない)感じの若い女性がいて、秀和先生がフラッシュバックした。
自分がイケおじで、ちゃんと輝かしい実績もある気鋭の作曲家であったならば、タイプの子に声をかけてしまうのかもしれないな。などと秀和先生の気持ちを想像して、若干同情してしまった(本来すべきでないことは当然頭では理解しているが、本能は正直だ)。
と同時に、容姿端麗であるだけで異性からこんなに気持ち悪い視線を常に向けられる彼女のような女性に対しての憐憫の情も抱いた。これは女性に限らず、同様に男性(=イケメン)にも言えると思う。容姿端麗であることもなかなか大変だ。
世間から見向きもされないチー牛陰キャでよかったと思う。

性欲の管理だけはしっかりやりたいが、もはや私にそれは無理な気がしている。自分で発散しないものをどこに向かって発散するのか。間違っても矛先が自宅の外に向くことはないようにしたい。
もう本当に生きるのが怖い。私にとってこの世界は地獄そのものだ。

最後になるので話を元に戻したい。
外野である私の立場からは、彼を擁護したり、非難したりすることはできない。
私は今後も、亡霊として彼の楽曲を聴き続けていきたいと思う。曲は悪いとか悪くないとか、そういうジャッジは私にはできない。
今後は彼の楽曲を、Wake Up, Best! MEMORIAL Disc8を聴くときのように、今後楽曲が追加されないと思いながら、一曲一曲噛みしめて聴いていく必要がある。
またひとつ、世界がつまらなくなり、そして恐ろしくなった。